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海田湾に映る満月 地名に残る“月見山” vol.15 プリント メール

向洋半島ほこり隊と行く ふるさと歴史散歩 【連載15】
 
海田湾に映る満月 地名に残る“月見山” vol.15
 平清盛ゆかりの地/広島市南区向洋新町   

 

洋光台団地の東側から安芸区矢野方面を見たときの満月。清盛もこんな風に月を眺めたのでしょうか
【撮影の場所】

 

 

郷土史誌「灘の歴史」月見山の項の記述

 平清盛、安芸の守在転の時に、月夜の夜しばしば来りて、月見の宴を催されし所なりと言う。瀬野、奥海田連山より出ずる月は、海田湾に映じて清漣幾里、明光昼のごとく人をして快哉を呼ばしむる地なりところ、今はその面影なし

▼お月見が大好きな清盛
 
郷土史誌「灘の歴史」の中で、月見山の項に左下の囲みの記述があります。清盛は、月夜にしばしば向洋の山から月見を楽しんでいたようです。現在、月見山は大きく削られて洋光台の大型住宅団地となり、当時の面影はまったくありません。唯一、月見町という地名だけが残っています。
 歴史的な検証は別として、清盛が向洋のどの辺りで月見の宴(うたげ)を開いたのか、想像してみましょう。洋光台団地の造成が始まる前と現在の地図とを重ね合わせると、向洋新町1丁目付近の30m上空に当時の月見山頂上があったことが分かります。月見の宴をするのに、わざわざ苦しい思いをして登る必要はないでしょう。そこで団地造成前の地図を見ると、今の向洋新町1丁目の東端に三角点が描かれています。三角点とは、地図を作る際に基点とするポイントで、国土地理院が見晴らしの良いところに設置しています。向洋新町1丁目の東端にあった三角点は、岬のように少し飛び出していて、周囲の風景がよく見えそうな場所。清盛は、ここで月見の宴を行ったのではないかと、勝手な想像を巡らせて楽しんでいます。
【三角点があった場所】

【月見山の山頂があったと思われる場所】
 

 

 


ローソクを立てたような奇岩。この奇岩は、国道2号の船越橋歩道から見ることができます ※月見町はすべて私有地のため、関係者以外は立ち入り禁止です【国道2号の船越橋】

 

 

 

▼ローソク状の奇岩
 さらに面白いことに、すぐそばに、ローソクを立てたような柱状の奇岩が現在でも残っています。この奇岩は、残念ながら洋光台の団地内からは、民家で隠れて見ることができません。
 洋光台団地の東側、海に面した高台であれば、清盛と同じ気持ちで月を眺めることができます。800年前の昔をしのびながら、月見を楽しんではいかがでしょうか。雲一つない快晴の満月も見ごとですが、雲間に見え隠れして移動していく満月を一喜一憂しながら見るのも、結構風情があるものですよ。(文・向洋半島ほこり隊)
【撮影の場所】

 
 

※編集部より 
 本連載は“清盛ゆかりの地”を紹介しています。近くで遺物や伝承などをご存知でしたらお教えください

 
 

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提供:広島リビング新聞社
(「リビングひろしま」2011年12月17日号掲載)